HOME > 武井観光スタッフブログ > 日常のこと > 日本人として、原爆が投下されたことに
日本人として、原爆が投下されたことに
言及せずにはおれません。
1945年8月6日の一発で壊滅的な被害をもたらし、日本の戦意喪失を決定的にしたのだから、
その3日後の2発目はどう考えても破壊が目的ではなく、投下結果の収集が目的であったと
考えられます。
投下の目的は様々な側面があり、こと戦争に関して言えば、「1+1=2」のように、解が一つということとは
違って、複数の主張が間違ってはいないということも起こりえます。
・戦争を早く終わらせるために投下した。
・アメリカが戦後の対ソ連に有利にさせるために投下した。
・ウラン型とプルトニウム型の違いを知りたいがために2発も投下した。
・太平洋の西側に位置する日本をソ連に占領させないために、ソ連の侵攻前に日本を降伏させたかったから投下した。
などなど。
ただし、唯一の真実があります。
「原爆投下により、何十万人もの非戦闘員(一般市民)が一瞬にして殺された」
ということです。
そして、もう一つの真実があります。
「当時のアメリカがもっとも非人道的であること」です。
ナチスによるホロコーストやソ連によるフィンランド侵攻を、
アメリカは「非人道的」ということで強く糾弾していますが、
「何をかいわんや、てめーらが最も非人道的じゃねーか」と感じてやみません。
しかしながら、70年前のことについて謝罪が必要かと問われたら、
正直わかりません。
当時は当時の考え方があったでしょうし、誰が誰に対して謝罪しなければということも
定義が困難でしょう。
ですから、国内でも、戦後70年に際して謝罪とか侵略とかのたまわっている輩がいますが、
戦争当事者の何を理解して、そのように主張されるのかがわかりません。
過去の出来事は変えようがありません。真実のみを後世に伝えることが重要でしょう。
それと、余談ですが、日本には非核三原則という文言がありますが、
「日本国内に核兵器が存在しない」ということは証明されていません。
< 串カツ 田中 | 一覧へ戻る | 嬉しい限りです。 >