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学校では習わんかった
と思う。
竹田恒泰著
PHP新書「アメリカの戦争責任」から抜粋します。
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原子爆弾の使用が「日本に懲罰を与える」ことが目的だったと強調
するのは、アメリカにとっては得策ではない。日本の戦争責任を
強調すると、アメリカの戦争責任も追及されかねないからである。
「世界の警察」と呼ばれたアメリカとて、脛に傷はある。
そして、その古傷の最たるものが、東京大空襲と広島・長崎への
原子爆弾の投下に違いない。昭和13年から始まった日本軍による重慶爆撃
は、民間人の犠牲者を出したため、当時アメリカはこれを「国際法違反」
と非難する声明を発した。しかし、終戦後、アメリカは重慶爆撃を非難
しなくなり、重慶爆撃の指揮官を東京裁判の戦争犯罪人リストから
除外したのである。もし重慶爆撃の実行者が戦争犯罪者とされたなら、
東京をはじめとする都市空爆と、広島・長崎への指揮官は、必ず
戦争犯罪人として裁かれなければんばらなくなる。戦後アメリカが、
日本の戦争犯罪をことさら原爆投下の理由として挙げなくなったのは
それが理由であると思われる。
そして、原子爆弾の被害があまりに大きかったことは、あるいは
アメリカにとっては誤算だったのかもしれない。30万人以上の民間人を
焼き殺す正当性を説明するのは、至難の業であろう。物事を冷静にみる
ことができるようになった今、日本の犯した戦争犯罪と、それに対する
懲罰として行われた原爆投下などが釣り合っていないことは、少し
考えれば誰でもわかることである。
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わかりやすい展開ですね。
いまさら戦争で被害を与えた国が被害国へ謝罪することは
それほど意味をなさないことはわかっています。当時は当時の
思想、考え方、判断基準があり今のそれとは大きな隔たりがある
と思いますし、当時の現役がほとんど亡くなっている以上謝罪の
主体が曖昧だからです。
大切なのは、史実を冷静に分析して、将来に生かすことだと考えますが
世界各国の情勢を見るにつけ
無理やな。